プロフィール

世界遺産「座喜味城跡」は残党を見張る為に築かれた仮城跡


時は琉球戦国時代。

沖縄本島は

北部
「北山王」

中部
「中山王」

南部
「南山王」

が存在しそれぞれ(グスク・お城)を構えていました。

 

・・が

「尚巴志(しょうはし)」のちに琉球を統一する人物と名武将で知られる「護佐丸(ごさまる)」が北山王を討ち破った。

その残党を監視する為、この地に座喜味城が築かれたのだ。

 

入場料金 無料
駐車料金 無料

 

城内はそれぞれ役割の異なる2つの区画「郭(かく)」で構成されており

「一の郭(かく)」
「二の郭(かく)」

が存在する。

 

階段

城跡へはまずこの階段を登り少し歩かなければ行けません。

階段数は40もないぐらい。

 

登りっぱなしではないので年配の方でも歩きやすい。

幅も広いので行きと帰りの人がぶつかるという事もなし。

 

木道

階段を登りきると「木道」→琉球松の通り。

ちょうど上で枝分かれしているので木影にもなっていい。

 

この風景は他の「城跡・グスク」では見られない貴重な光景。

道はあえて舗装していないので砂利道。

 

サンダル、ヒールではちょっと歩きにくいかな。

この緩やかな傾斜が城跡まで続きます。夏はセミの鳴き声~。

 

MEMO

 

松は全国にありますが、沖縄にあるものは全て「琉球松」。

 

琉球松は他県で植えても環境があわず枯れてしまいます。逆に他県の松を沖縄に植えても枯れてしまいます。

 

なので「沖縄の県木にも指定」されている特別な木。この地ならではの赤土が最高の環境。

 

しばらく歩くと・・

座喜味城跡の石垣が見えてくる。

 

アーチの石門


さあここからお城の中へお邪魔するよ。

門幅は3人も入らないぐらいかな。

狭!と思いましたか?フフフ。これは大勢の敵が1回に入ってこないための工夫。あえて狭くしているのですよ。

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くさび

石門の真上、中央部には”クサビ”が打ち込まれています。

 

これは城門の強度を補強するための工夫で、座喜味城の主「護佐丸(ごさまる)」が考案したもの。

他の城跡・グスクでは見られない独自のものであり、中国から伝わったと考えらる琉球最古のアーチ門です。

 

一の郭(かく)

城内で最も高い壁に囲まれた空間が「一の郭(かく)」。

 

地面は平ではなく傾斜より。

敵を包囲するには最高の環境。

 

敵を誘導する「騙しの構造&テクニック」



「一の郭(かく)」はただ広いだけではない。

敵を誘導させるダミーの通路があるのだ。

 

それがここ。

導かれるように進むと「あれっ・・!?」。

突き当りは行き止まり。

 

??となっている内に城壁の上から石、弓の標的となる。

罠だ!と気づいても手遅れだ。

攻めてくる大勢の敵が分散し力が半減するという効果もあります。

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ニの郭(かく)へと続く石門


ここが「ニの郭(かく)」へと繋がる石門。

本丸の入り口ですね。門の前にわざわざ長い階段を設けています。

 

なぜこんな登りにくい設計なの?

敵軍を攻めにくくするため。

 

例えば城内に侵入した敵が丸太をもって大勢で突撃すると、通常門は破壊されてしまいます。

しかし階段を設け足場を悪くするとドアがなかなか突き破れません。

 

モタモタしていると上から弓矢の餌食となります。

この技法がこの後、移り住む「中城城跡」にも生かされる。

 

ニの郭(かく)

ここが最後の部屋「二の郭(にのかく)」。

視界が開け青空があんなにも近くに・・

 

城主「護佐丸(ごさまる)」や家臣たちがいた重要な空間だ。

城壁は「一の郭(かく)」よりも低い。

 

殿舎跡(でんしゃあと)

地面には殿舎跡(でんしゃあと)が現在も残っています。

 

これは当時、そこに御殿(ごてん)があったとされる証拠。

中国製陶磁器なども出土しました。

 

城壁の上を「歩く」

城壁の真上は階段が設けられているので歩いて行けます。

幅がとても広いのが特徴ですね。

 

大勢の敵兵が攻めてきたら、機動よく対応できたでしょう。

柵はないので気をつけて。

 

check

「侵入禁止」と看板が立っている所もあるのでルールは守りましょう。

 

「いっちゃーならんどー」の意味
↓
「行ってはいけんよー」です。

 

城壁からの景色

残党を監視するにはまさに絶好の場所。

こんなに見晴らしが良かったんだ!?と見てはじめて驚くでしょう。

 

360度の水色がジャックする最高の景色だ。

「東西南北」全ての方角を見ることができるよ。

 

南には現在「嘉手納空軍基地」があるのでタイミングがあえば、米軍機・オスプレイが飛行している様子も見られる。

F15戦闘機が2~3機同時に並び、飛行訓練している様子は見もの。

 

景色の中に白色の四角い箱が並んで見えますが、あれは沖縄でいう「お墓」。本土の人は珍しく映るかな。

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石積み方法

座喜味城は主に「布積み(ぬのづみ)」という手法ですが「相方積み(あいかたづみ)」、「野面積み(のづらづみ)」も部分的に見られる。

なめらかな曲線を描く石垣は見ていて飽きない。

 

高倉(たかくら)

今度は場所が変わってこちら。

この高倉は「沖永良島」から移築したもの。上は食料庫になっています。

 

なぜこのような設計なの?

これは毎日口にする大切な食料を盗人・ネズミから守り、風通しをよくして湿気を防ぐため。

1つで何役もこなす昔ながらの知恵が凝縮されている。

 

読谷村立歴史民俗資料館


座喜味城の詳しい歴史を知りたい人はここ。

 

「1F」

大きなTVモニターがあり「座喜味城跡」を3DCGで再現しています。

いろんな角度・アングルから見る事ができるよ。

 

タッチパネル式なのでそのポイントを押すと説明・解説が始まる。

その他にも読谷村における

①「沖縄戦を紹介するコーナー」
②「沖縄の楽器」
③「喜名焼」
④「読谷の衣」
⑤「農具・大工道具」
⑥「読谷の遺跡」
⑦「民家」
⑧「民具」
⑨「お墓と葬具」
⑩「漁具」

などが展示されています。

 

「3F」

美術館。

 

入場料金 大人 200円
団体 160円
小中高生 50円
団体 40円
身障者 無料(付き添え人1名も無料)
営業時間 09:00~17:00
休館日 月曜日、年末、元旦、慰霊の日、台風

 

厨子甕(ずしがめ)


これは何かというと「壺」。

何を入れるのかというと・・

 

人間の骨。

つまり遺骨を収めるための箱だったのだ。厨子甕(ずしがめ)といいます。

 

決まった形は特にありません。

それぞれ色、形、大きさも違うから個性的。

 

複数の人骨を納めた大型のものまであります。

とても重いので1人で持つことはまず不可能。

 

火葬が一般的ではなかった琉球時代、白骨化した後に親族が再び骨を取り出し、洗骨(骨を洗う)をほどこしたのち「厨子甕(ずしがめ)」に納めるという風習がありました。

魔除けのシーサーもそうですが、中国の影響がここにも反映されています。

 

MEMO

 

ごくまれに田舎のお墓からこんな形の「厨子甕(ずしがめ)」が出てくる事があります。

 

これは先祖が何かしらの豪族・すごい人だったという証拠。後から知って驚く人もいる。

写真集








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歴史

琉球戦国時代

北山国「今帰仁城」は攻め滅ぼされたが北部の残党・旧勢力は温存したままだったので、これらを見張るため「中山王・護佐丸(ごさまる)」は王の命によりこの地に移り住み、城を構え周辺に「にらみ」をきかせていた。

そのかいあってか特に大きな混乱、衝突、戦争は起きませんでした。

 

1945年
(第二次世界大戦勃発)

戦時中は日本軍の砲台となり、戦後は米軍の通信基地として使用されました。

 

1972年
(沖縄返還後)

公園として整備され現在無料で見学することができます。

 

座喜味城跡に登場する「人物」

 

護佐丸(ごさまる)

 

山田城で生まれ按司(あじ)の子として山田城主となる。

 

「尚巴志(しょうはし)のちに琉球を統一する人物」と行動を共にし、北山を攻め滅ぼし「三山統一」を成し遂げる。

 

①「今帰仁城」
↓
②「座喜味城」
↓
③「中城城」と移り住み生涯を終える。

 

按司(あじ)とは?

各地で領域支配を行っていた豪族・首長。

社会的身分の最高位をあらわす位階としておもに王族から任命され、行政区域の領有を保障された。

 

感想

日本一人口の多い「村」といえばここ読谷村。

総人口は41,432人。

 

そこにある「座喜味城跡」は村のシンボルであり琉球タイムの一時を感じる歴史スポットだ。

琉球松に取り囲まれその姿を隠すようひっそりと息を潜めている。

 

「お城・グスク」にしては決して大きくはないが城壁を目の前にするとその存在感、力強さが確かに伝わってきます。

 

朝日が登り夕日が海に沈むまでを見ることのできる標高125m程の丘に築城され、周辺もよく見渡せることから「のろし台」としても丁度よかった。

 

海外交易をするのに必要な港も近くにあった事から地勢もよく見極めていた事が伺えます。

城跡は「パワースポット」と呼ばれる事が多いので、興味のある方はぜひ足を運んでみて下さい。

 

MEMO

 

ガイドツアーもあるよ。

 

口コミでは・・

「以外と外人さんも見かける」、「冬は桜が見れた」、「東シナ海に沈む夕日が最高に素敵」、「緑も多くマイナスイオンも豊富」と評判。

 

座喜味城は誰が築いたの?

15世紀前期に護佐丸(ごさまる)によって築かれました。

人手を確保するため奄美諸島まで労働者を駆り出したといわれています。

 

城主は誰ですか?

護佐丸(ごさまる)。

18年間務めました。

 

城の防御機能が貧弱すぎませんか?

北部の大将「今帰仁城」が滅んだ事でその猛威が無くなり、今後大掛かりな合戦はする事はないだろうと判断したためこのような作りとなりました。

いわば北山軍の残党を「監視するため」に作られた簡易的なものです。

 

なぜ城の通路は赤色なのですか?

城を築いたこの丘が赤土の塊だから。

そもそも読谷村全体の地質は赤土。

柔らかく地盤が安定しないという欠点があり、普通に石を積み上げると重さで崩壊してしまいます。

 

それを強化するために地面を溝のように 掘りこみ、中に大きな石をつめ基礎を 固めているのだ。

その上に石垣が築かれている。

 

さらに厚みを増やし歪曲にする事で崩壊のリスクを抑えています。

城壁の最も高い所は13m、低い所は3m程度となっている。

 

特徴

  • 座喜味城跡は平成12年「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の1つとして世界文化遺産・ユネスコに登録され「日本の100名城」にも選定されました。

イベント

  • 10月
    「ふれあい祭り」
  • 12月下旬~3月中旬
    「座喜味城跡ライトアップ」
  • 12月31日
    「カウントダウンライブ」
ワンポイントアドバイス
  1. 座喜味城跡の読み方→(ざきみじょうあと)。
  2. Wi-Fi(ワイファイ)未対応。
  3. バリアフリー未対応
    階段があるので車イス、ベビーカーの人は行けません。
  4. 冬は寒いので防寒対策を。
  5. 大型観光バスの立ち寄り所にもなっているので修学旅行生といった団体さん、もしくはツアー客がドッと入ってくる事があります。
  6. 1月1日 元旦は「初日の出」が見られます。
  7. 天候
    シーズンは突発的に雨が降ってサッと止む事が多いです。それが局地的に発生します。天気予報はあまりあてにせず、怪しい雲を見かけたら事前に対策を取りましょう。
  8. お腹空いた・・
    園内に食事処はありません。近くにパーラーがあります。
名称 座喜味城跡
(ざきみぐすくじょうあと)
住所 沖縄県中頭郡 読谷村座喜味708−6
電話番号 098-958-3141(読谷村立歴史民俗資料館)
営業時間 なし(見学自由)
定休日 年中無休
所要時間 約1時間
駐車料金 無料(100台)
入場料金 無料
アクセス 那覇空港(なはくうこう)
↓
58号線
↓
12号線
↓
座喜味城跡(約1時間20分)
座喜味城跡の評価
景観度
(4.0)
満足度
(4.0)
人気度
(4.0)
総合
(4.0)


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