\あなただけにプロフィール暴露/

世界遺産「今帰仁城跡」は北山王の古城。立派な石垣が歴史を見せる

1320年頃~1429年は「琉球戦国時代」。

沖縄本島は

北部
「北山王」

中部
「中山王」

南部
「南山王」

が存在しそれぞれ(グスク・お城)を構えていました。

 

その中でも森の中にお城・要塞を作ったのはここ「今帰仁城」だけ。

城内はそれぞれ役割の異なる6つの区画「郭(かく)」で構成されており下から上に

「外郭(がいかく)」
「カーザフ」
「大隅(うーしみ)」
「大庭(うーみゃー)」
「御内原(うーちばる)」
「主郭(しゅかく)」

と続く。

下から説明していくよ★

KAZ

ここで入場券をゲット。

日傘(無料)も置いているので自由に使ってOK!

 

お肌を気にしている人はありがたい配慮。

今帰仁城跡の記念スタンプにガイドブック(英語、中国、韓国)語版も置いています。

 

ここから城跡まで少し歩くよ。

入場料金
大人 400円
小・中高生 300円
小学生未満 無料
団体割引 あり
身障者 無料(付き添え人は有料)

 

平郎門(へいろうもん)


まず初めにお目にするのがこの平郎門(へいろうもん)。

正門玄関です。

 

幅はとても狭く敵が一気に攻めてこれないよう設計されている。

門の両サイドには小さなのぞき穴があり、ここから門番が外を見張っていました。

 

参道

門を抜けると視界が開けこの景色!

広い青空~。

 

冬1〜2月は無数の緋寒桜(ひかんざくら)が咲き誇り美しい表情を見せてくれます。

観光客で賑わうのもちょうどこの時期。

 

check参道は凸凹なのでハイヒールの方は気をつけて。

 

七五三の階段

参道の突き当りは階段。

まっすぐに伸びる階段は一見疲れそうに見えますが・・

 

登りっぱなしではなく「7段、5段、3段」の繰り返しになっているから登りやすい。

ちょうど呼吸が整うリズムに設計されています。

 

年配の方でもそれほど疲れない。

だから七五三と言うんですね。

 

MEMO

 

この石階段は当時からあったものではなく、終戦後1960年代に整備されたもの。本来の道(旧道)は階段の右手にあります。

 

旧道

これが旧道。

当時は上の郭(かく)へと続く唯一の道。

 

息切れするほどの急な上り坂。

岩盤の谷間を利用して作られた細道は蛇のように曲がりくねっているので、簡単に上まで行かせてくれません。

 

しかも地面からは裸の岩がむき出しで何とも足場が悪い。

モタモタしていると上から弓、石の標的だ。

 

カーザフ

沖縄の方言でカー、ガーは「湧き水、井戸」をさす。

ここは水が湧いていたのか?と思いますが詳しい事は現在でもわかっていません。

 

伝承によると水は反対側の志慶真川(しじまがわ)まで降りて、汲み上げたとなっています。

この空間は丘の底地にある暗いくぼち・・周りは岩盤だらけ。

看板の先は「立入禁止」

kaz

外郭(がいかく)

外郭(がいかく)とは大隅(うーしみ)城壁の外側をさす。

高さ2m前後の石垣(城壁)が数百mに蛇行して続く。

 

山から採れる石をそのまま利用しているお城はここ今帰仁城だけ。

唯一の弱点は地震。

kaz

石は硬くて刃が立たないので、加工せずそのまま積み上げているよ。なので隙間が多く荒削りな感じ。この石積み方法を野面積み(のづらづみ)という

大隅(うーしみ)


城内で1番広い空間。

地面は緑のじゅうたんが広がる心落ち着くエリアだ。

 

しかしここは当時、城兵達の「武闘訓練の場」であり日々汗を流した所でもあります。

馬骨も発見された事から乗馬訓練も行われていたと推測される。

 

傾斜の地形が特徴で山の訓練にはもってこいの環境だ。

 

兵士の寝床

杭の打たれている所は当時、兵士達の寝床があった建物。

「第一号掘建て柱建物跡」と石碑があります。

 

景観スポット

はい来ましたここ!

城内で1番の景観スポット。ここからは場内の様子やカーブを描く城壁が一望できます。

 

視線を上げれば青空、そして海!

見晴らしもよく下の世界が手に取るように分かります。見張りをするにはまさにうってつけの場所。

 

さすが標高100mからの景観。

空気も澄んでいるので遠くの先まで視界は良好。

 

離島といえばは「伊平屋島」、「伊是名島」、晴れた日には「与論島」までも見渡せる。

 

耳を済ませば生き物たちの会話も聞こえてくるよ。

「ミャンミャンミャンミャン」と一定のリズムで鳴くのは県内でも北部の森にしか生息しないオオシマゼミだ。

 

大庭(うーみゃー)

この広場は神女(ノロ)が災厄を払い祖先を迎えいれ、豊穣を祝うといった祭祀(さいし)・宗教的儀式を行った重要な場所。

政治や集会も行われた。

 

現在は何もありませんが・・当時は

①正面に「正殿」

②右手に「南殿」

③左手に「北殿」

があったとされる。

 

この作りは琉球王が住んでいた「首里城」とまったく同じ。

首里城「世界遺産」は赤い建物が目印!さあ歴史スポットへアクセスだ

 

御内原(うーちばる)

大庭(うーみゃー)からちょっとあがったエリアが「御内原(うーちばる)」。

頂上だね。見晴らしもグンっとUPするよ。

 

国王、家族やそれらに仕える多くの女官たちが生活していた場所です。

王家をのぞいて男性禁制となっていました。

 

ここは当時

 

①国王または妃(きさき)の
「居室・寝室」

 

②「女官(祝女)」たちの専用部屋である
「女官居室」

 

③王の即位の儀を行う
「世誇殿(よほこりでん)」

 

④先祖の王を祀った
「寝廟殿(しんぴょうでん)」

 

⑤王家の料理を作る台所
「寄満(ゆんいち)」、「お風呂場」

 

⑥宝物を保管していた
「金蔵(かねぐら)」

 

⑦女官たちが髪を洗ったり、水量で吉凶を占ったとされる
「カラウカー」

 

がありました。

 

主郭(しゅかく)

地面をよく見てみると・・

 

今帰仁監守の住居跡があります。つまり人が住んでいたという証拠。

監守引き上げ以降は「火の神の祠(ほこら)」が設置され「来歴碑」が建立されました。

 

MEMO

 

今帰仁監守(なきじんかんしゅ)とは?

 

今帰仁城を「琉球王」が管理するために派遣した役職。攻め滅ぼされたものは反乱を起こさぬよう見張りをつけられたのだ。

 

火の神の祠(ほこら)

内部には火の神を象徴する「霊石」、石製の「香炉」が置かれています。

その手前、右手にある茶色の石は「北山今帰仁城監守来歴碑記(県指定文化財)」

 

中山王に攻め滅ぼされた今帰仁城跡は、謀反(クーデター)を起こさぬよう中山から監守が来歴しました。その時の記念記です。

 

MEMO

 

クーデターとは?

 

武力による奇襲攻撃によって政権を奪取するという意味。

 

志慶真門郭(しじまじょうかく)


ここは裏庭に続く出入り口。

当時は段々畑のような風景があり、志慶真集落があったと伝えられ「按司(あじ)」→現代でいう官僚たちが生活した重要な場所でもありました。

 

発掘調査により埋もれた(4棟の建物跡、炉跡、階段、石畳道、出土品には陶磁器、武貝類、装飾品、子供用遊具)などが発見され家族単位で生活していた事が分かった。

 

check

実はこのお城が陥落したのは、ここから敵兵が攻め入ったという事もあります。

 

いつもは鍵がかかって入れませんが、裏切り者によりその日は開いていたのだ。まさか難攻不落といわれた城もこんな所から決壊するとは夢にも思わなかった事でしょう。

 

御嶽(うたき)

今帰仁城跡内には御嶽(うたき)と呼ばれる霊石が2つあります。

 

1つ目は大庭(うーみゃー)にある「ソイツギ」

神官ノロ(祝女)が護国豊穣といった祭祀(さいし)を行い祈願したところ。

 

2つ目は御内原(うーちばる)林の中にある「テンチジアマチジ」

城内で最も崇高な場所とされ男子禁制だった所。

 

今ではお祈りを捧げていた所がパワースポットと呼ばれる。

当時、神は霊石・その空間に宿ると考えられていました。

 

でも見られます。

 

今帰仁城で見られる「植物」

①「ユリ」
②「ソテツ」
③「緋寒桜」
④「琉球松」
⑤「ヘゴ」
⑥「ツワブキ」
⑦「クワンソウ」
⑧「モモタマナ」
⑨「テッポウユリ」
⑳「オキナワシャリンバイ」

などなど。

 

毎年この場所で行われる「桜祭り」は緋寒桜が見どころ。

興味のある方はご参考に。

 

城外で発見された「掘立柱建物跡(台所)」

発掘調査によりこの場所で当時の台所跡(炉跡)が発見された。

 

床は火を受けて赤く焼けた跡があります。

お皿やおわんといった出土品も出てきた。

 

今帰仁村グスク交流センター

歩き疲れた?

ならばここでひと休憩もできるよ。

 

今帰仁城跡の歴史解説をTV映像で紹介していたり、キッズルームも完備しているので小さなお子様も退屈しません。

 

窓口にはガイド案内人が待機。

クーラーも効いているので暑い日は快適~。

 

ガイド予約 有料(一人でもOK)
所要時間 約1時間
受付時間 08:30~16:00
今帰仁村グスク交流センターの営業時間 09:00~18:00(季節により変動)

 

今帰仁村歴史文化センター

今帰仁城跡の歴史、文化を紹介しています。

第1、第2、第3展示室とあり今帰仁城跡から出土した出土品や陶磁器、資料、展示企画も行われている。

 

パーラー&売店

出入り口にはお店がズラリ。

雑貨系といえばかりゆしウェア、三味線が印象的。

 

路上販売では冷たいかき氷、トロピカルドリンク、オリジナルコーヒーも販売中。

食事処といえば・・やっぱりソーキそばかな。

 

写真集





 

感想

緑に溶け込む今帰仁城跡はまるで天空の都市といわれた「マチュピチュ」を連想する。

こんな傾斜のある険しい大地によく築いたものだと感心します。

 

天候もすぐ変わる事から突発的な雨もあって大変だったはず。

周囲は切り立った谷、下は川・・守りの砦(とりで)にするにはうってつけの場所ですね。

 

複雑な自然環境もからんでいる事から「地」を理解していないと攻め入るのは難しい。

数にものをいわせ力任せに行くのは自◯行為だ。

 

難攻不落とはよくいわれたもので、頂上からは城内をはじめ海や周辺の景色がよく見渡せます。

不審者の気配を感じたらすぐに察知する事ができたでしょう。

 

観光バスの立ち寄り所にもなっているので、ツアー客や修学旅行生も多く訪れます。

北部はドライブコースとして古宇利島も人気ですが、時間に余裕のある方はぜひここも訪れてみてほしい所。

 

9月下旬、暑さのピークが過ぎる頃はトンボや蝶の姿も見かけるよ。

長年住む「今帰仁ネコ」は密かに人気。

 

口コミでは・・

「予想より良かった」、「景色が素晴らしかった」「桜のスポット」と評価も高い。

 

特徴

  • 今帰仁城跡は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として2000年に世界文化遺産・ユネスコに登録されました。2006年には「日本百名城」にも選ばれる。

イベント

  • 1月下旬~2月中旬
    「今帰仁城グスク桜まつり」

 

ワンポイントアドバイス
  1. 今帰仁城跡の読み方→(なきじんじょうあと)。
  2. 冬は寒いので防寒対策を。
  3. 天候
    シーズンは突発的に雨が降ってサッと止む事が多いです。それが局地的に発生します。天気予報はあまりあてにせず、怪しい雲を見かけたら対策を取りましょう。
  4. お腹空いた・・
    園内に食事処があります。
名称 今帰仁城跡
(なきじんじょうあと)
住所 沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊5101番地
電話番号 0980-56-4400
営業時間 08:00~18:00(最終17:30)
定休日 年中無休
所要時間 約1時間15分
駐車料金 無料
入場料金 有料
アクセス 那覇空港(なはくうこう)

高速道路

505号線

今帰仁城跡(約1時間45分)
今帰仁城跡の評価
景観度
(4.0)
満足度
(4.0)
人気度
(3.0)
総合
(4.0)

 

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